あらすじ
動物を見る。
次のページで逆に動物に見られる。
そんなお話。
「見る」ということは「見られる」ということ。
「見る」ということは「見られる」と同義だと思います。
なぜなら、自分側から見えているということは相手からも見えているということ。つまり自分と相手は相互に関係しあっているということです。
そしてこの関係性は「見る」だけのモノではありません。
例えば「やりたいことをする」ということは「やりたくないこともする覚悟」がないといけませんし、「勝負に勝つ」ためには「勝負に負ける覚悟」がないといけません。
使いやすい言い方をすれば「する」ということは「される」ということ。
つまり「される」覚悟も必要なのです。
この関係性をストレートに伝えてくれる良い絵本です。
「される」覚悟がないなら辞めるのも選択肢。
逆説的ではありますが「される」覚悟がないなら「する」を辞(や)めるのも良いと思います。「される」のが嫌なら別のことをした方がいいでしょう。
でも「される」可能性があるのがわかったうえで、それでも「する」ことを選んだのであれば多少「される」ことがあっても諦めずに「する」ことを続けることができることでしょう。この一見小さな違いにもみえることですが覚悟という意味で大きな違いがあります。
スポーツなどの勝負事がわかりやすい例です。勝負をするとハッキリと勝ち負けがつきます。大差なのか僅差(きんさ)なのかは関係なく勝つ側と負ける側に分かれ厳しい現実を突き付けます。この時、負けた側がどう考えるかで行動は変わります。
現実を受け止めて何が敗因かを分析し改善点を見つけて行動する人もいるでしょう。逆に、ただのあそびだから気にしないと考える人もいるでしょう。前者はきっと負ける覚悟があって勝負に挑(いど)んだのでしょう。だから次を見据えて行動できるのです。
このように「される」覚悟の有無はとても大事なのです。
(勘違いしないでほしいのですがどちらが正しくてどちらが間違っているかという話ではありません。全てにおいて前者でいようとしても時間的にも身体的にも無理があります。なので本気で取り組みたいことだけ前者であるべきだと思います。)
まとめ
「する」ということは「される」覚悟が必要。
中途半端な気持ちで「する」と、気付いたら「される」側になっているかもしれません。
「される」覚悟もしっかりと持ちましょう。
