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パパのしごとはわるものです

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あらすじ

主人公 (少年) はパパの仕事を調べるためにこっそり車に乗り込みます。

そして体育館でプロレスの試合を観ることになります。試合は正義の味方と悪者との勝負で悪者がパパだと途中で気付く主人公。

主人公は複雑な気持ちになるがパパから “正義の味方が活躍できるようにするために悪いことをしている” という話を聞くお話。

わかりやすいのは良いこと?

正義と悪‥わかりやすくていいですね。でも、この “いいですね。” は誰にとって “いいですね。” なんでしょう?

正義にとって?悪にとって?第三者にとって?‥少し考えてみる必要がありそうです。

話がわかりやすいのは良いことです。でも、わかりやすくする代わりに話が本質からずれてしまっては意味がありません。また、意図的に本質からずらされることもあるので、むしろ気を付けないといけないと私は考えています。

難しい話だとついつい考えるのがイヤになって要約されたものを見てしまうこともあると思います。知る入り口としては良いと思います。ザックリ理解しないことには全体を理解することが難しいからです。

なので問題はその先だと思います。

ザックリ理解して「OK。わかった。」では本質は見えません。その後、細かい部分も見て「なるほど。そういうことか。でも、ここの部分が引っかかるな‥。賛否両方の意見を聞いてみよう‥。」など、しっかり理解する必要があると思います。

もちろん世の中全てのことを調べていては時間がいくらあっても足りないので自分の興味のあることや生活に直結するような範囲で良いと思います。

でも “自分で考える” をしないで理解することはできませんし、 “自分で考える” をしないと相手(メッセージの発信者)が意図した方向に流されてしまいます。

みなさん忙しくて時間に追われる毎日だと思います。でも “忙しい” を理由にして “自分で考える” をしないでいると気付かないうちに相手(メッセージの発信者)が持っていきたい方向へ流されてしまいます。

不思議なもので相手の意図した方向へは自然と流れても、自分にとって良いと思う方向へは明確な意思がないといけないのです。(自分や社会にとって本当に良いことは “わかっていても大変だったり難しいこと” 。 でも悪いことは “手軽で簡単。しかも短期的にはコスパも良い” からだと思います。)

だから本質を理解して行動するために “自分で考えて決める” がとても大事なことなのです。

“自分で考えて決める” 大切さ。

例えばリチウムイオン電池を片付けようと思ったとしましょう。その時、友だちに聞くと「普通ゴミで捨てたらいいんじゃね?みんなそうしてんで。」と言われたとしましょう。

何も調べなかったらそのまま捨ててしまいそうですね。でも本当に普通ゴミで出してしまうと大変なことになります。ゴミ収集車は集めたゴミを圧縮して小さくすることにより効率よくゴミを回収することができます。ですがこの圧縮によりリチウムイオン電池が発火してゴミ収集車の故障や事故に繋がってしまい大変危険です。ゴミ処理施設でもリチウムイオン電池が発火して機械を壊すことがあります。

正しい片付け方は市町村によって違うでしょうが適切な場所に持っていったり家電量販店などでも回収してくれるはずです。

リチウムイオン電池一つとってもわかる通り、普通ゴミで捨てるのは手軽で簡単しかも短期的にはコスパも良いですね。しかし本当の意味で良いことではないのは明白です。

ゴミ収集車やゴミ処理場はリチウムイオン電池が発火することで使えなくなったりゴミ処理能力が低下して今まで通りにゴミを処理できなくなったり故障したゴミ収集車やゴミ処理施設を直したり買い替えたりするコストが発生し結果としてゴミ処理の値上げが必要になり利用者や市民に負担がくる可能性も十分にありえます。

このように本当に正しいことは手間がかかり簡単ではないのです。(ですがリチウムイオン電池があるからこそスマホなどの便利な物を使えるのでこれぐらいの手間は仕方ないでしょう。)

まとめ

世間や他人に流されていませんか?

本質を理解するために自分で考え、自分で決めていきましょう。



発信者がどういう意図で、そういうことを言っているのか考えれば、より深く理解できます。(自分のため?他人のため?利益を得るため?注目を集めたいだけ?などなど‥)



イメージが変わるお話です。

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